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- 409 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/30(日)
11:51:14 ID:ZqihJCh5
- 彼女とのメールのない日々は、まるで胸の真ん中にぽっかりと穴を開けてしまったかの様に、
俺の毎日を空虚で味気ないものへと変えてしまった。まるで体の半分を切り取られたみたい。
思えば朝起きてから夜眠るまで、食べた食事の内容や、満員電車の愚痴、会社で起こった
些細な出来事の全てを俺は彼女に伝えていたのだ。日々体験する出来事を共有できる
相手を失い、俺の生活はまた灰色のモノクロームな世界へ戻ってしまった。
彼女からようやくメールが届いたのはその週の金曜日だった。メールの内容はあっさり。
「色々考えましたが、やはりメールを続けることはできません。色々とご迷惑をお掛けしました。 本当にごめんなさい。」
メールを受信したのは会社帰りの電車の中だった。背中に冷や水を浴びせられたような
感覚が走り、視界はグラグラして、電車の中で倒れそうになった。考え直して貰えるよう
返事のメールを打とうとしたけど、指先が震えてうまくボタンが押せない。それに何を 書いていいのかが分からない。
とりあえず落ち着こうと、その場でメールを書くのはあきらめ、とりあえず家に帰ることにした。
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- 427 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/30(日)
11:59:33 ID:ZqihJCh5
- いつものようにコンビニで弁当を買い、アパートへと戻った。だが食欲が全くない。
おなかは空いてるはずなのにね。とりあえずシャワーを浴び、水を飲んで気持ちを 落ち着け、彼女へのメールを打ち始めた。
「できれば美紀が考えたことと、メールを続けられない理由を教えてもらえないか?
俺の生活の中ではもう美紀とのメールは生活の一部で、ただこんな風にもうメールは
できないと言われても、気持ちの整理がつかないよ。無理言ってごめん。」
あれこれと考えながら10分以上考えてこんなメールを打った。だが送信したメールは 宛先不明で戻ってきてしまうのだった。
美紀はメールアドレスを変えてしまった。もうこちらからは連絡の取り様がない。さっきの
メールに続いて、今度の送信エラーで、俺はその晩、完全にノックアウトされてしまった。
明日が土曜でよかった。平日だったらまた2週続けて会社を休むところだった。
- 456 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/30(日)
12:23:59 ID:ZqihJCh5
- 土曜日の俺は完全に抜け殻だった。人の形をしたただの置物。何もする気が起きず、
近所のマンガ喫茶に行き適当に選んだマンガを読んでみる。だがマンガもネットも 何も頭に入らない。
深い絶望。突きつけられた現実が受け入れられず、俺の頭は外界の情報を遮断
してしまったようだ。せっかく5時間のパック料金ではいったのに、俺は1時間も 経たないうちに店を出てしまった。
前日に送ったメールは、何かの間違いではないかという思い、その後3回送りなおした。
しかし全て宛先不明で帰ってくる。携帯会社のシステムトラブルではないみたいだ。
その日の帰り道、俺の頭にひとつのアイデアが浮かんだ。彼女は俺がポイントカードに
入会した店で、俺のアドレスや電話番号を知ったと言っていた。彼女からのメールが
届いた直前に作成したカードを探せば、彼女が働いていた店がわかるかも知れない。
家に帰って財布の中のカード類を全て床に広げてみた。勧められたカード類は、
クレジットカードでもない限り大体加入してしまうので、俺の財布はいつもパンパン。 肝心のお金はあんまり入っていないのだが。
美紀からのメールが来たのは8月の頭。その頃入会したカードはひとつだけ。 4駅先のターミナル駅にある大きな洋服店だった。
- 473 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/30(日)
12:34:33 ID:ZqihJCh5
- 次の日、俺はその洋服店へと向かった。ひとつ間違えればストーカーだけれど、
このままでは終われない。せめて理由が知りたい。お金をとっていたことに彼女が
罪悪感を感じていたのは、あの日の表情で想像がついた。でもだったら今度は 普通に友達として、またメールを始めることだってできるだろ?
それとも彼女は俺とのメールが苦痛だったのだろうか?
実は俺はそれを一番恐れていた。俺が喜んでメールをしていたあの期間、
彼女は本当はお金の為に、嫌々メールをしていたのだとしたらどうしようかと。
でもきっとそれは違うと信じていた。だってメールをするのも嫌な相手に 普通キスなんてしないだろ?
ただ理由が知りたい。その一心で俺は店へと足を運んだ。緊張しながら店内に
入る。ぐるっと店の中を一周し、彼女の姿を探す。しかしそう簡単には事は 運ばない。店の中に彼女の姿はなかった。
俺は店の入り口のレジカウンターへと向かった。すみませんと声を掛けると 店長らしき人が応対してきた。
「あの、ワカバヤシさんは今日はいらっしゃいませんか?」
銀行口座の名義人名が本人の名前だと確認していたので、俺はその名前で
尋ねてみた。
「ワカバヤシなら先週で店を辞めたよ。」
二日連続のKOパンチ。またも視界はグラグラし始めた。
- 492 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/30(日)
12:48:55 ID:ZqihJCh5
- 動揺をなんとか表に出さないよう努力しつつ、それでも食い下がる俺。
「あの、私ワカバヤシさんの友人なんですけど、連絡先を教えていただけないでしょうか?」
こんな勇気を出すのは生まれて始めてかも知れない。ただ返事は当然のことながら
「そういった事は教えられない」と言うものだった。個人情報の保護が叫ばれる昨今、
店長の対応は正しいと思う。それは分かっているけどあえて言わせてもらう。ケチ!
「わかりました。無理を言ってすみません。」
そう言ってまた俺は店の中へと戻った。もうこうなったら追い出されるまで片っ端から 店員に聞いてやる。俺は完全にやけくそになっていた。
1人、2人と声をかけ、店長にしたのと同じ質問をする。どうやら彼女が先週で店を辞めたのは
本当らしい。連絡先については「わからない」「知らない」という返事が返ってきた。まあ誰が
見ても怪しいだろうからね。知ってても教えてくれないでしょ。仕方がないよね。ケチ!
3人目に声をかけたのは、小柄な女の子だった。この時点で俺はすでに店内で完全に不審者
としてマークされていたようで、向こうの方で店員が俺のことをヒソヒソと話している姿が見えた。
3人目の女の子にも同じ質問。
「あの、ワカバヤシさんって先週で辞めてしまったんですか?私、ワカバヤシさんの友人 なんですけど、連絡がとれなくなってしまって。」
女の子の返事は、これまでとは違った意味で、カウンターパンチだった。
「あなたもしかしてタカシさん?」
- 517 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/30(日)
13:05:54 ID:ZqihJCh5
- そうだと告げるとその女の子は店の隅に俺を連れて行き、自分は5時であがりだから
それまで待てるかと言ってきた。当然俺は待つといい、5時過ぎに駅前のファミレスで 待ち合わせをして店を出た。
やっと少しだけ手がかりらしきものが掴めた。嬉しくてじっとしていられないのだが、
待ち合わせの時間までまだ4時間近くある。外での時間の潰し方を知らない俺は
仕方なくまたマンガ喫茶へと入り時間をつぶすのであった。俺って本当につまらない男。
昨日とはまた違った意味で、マンガもネットも頭に入らなかった。店員の子は美紀と俺の
間で使われていた俺の偽名を知っていた。あの子は事情を知っている。説明次第では 彼女との連絡を付けてくれるかも知れない。
期待感で頭はいっぱい。不毛な会話のシミュレーションをひたすら続け、待ち合わせの
時間をひたすら待ち続けた。今にして思えば、マンガもネットもやってないんだから、 普通の喫茶店でよかった気がするね。もったいない。
ようやく待ち合わせの時間が近づき、ファミレスへと向かった。それでも早く着きすぎて
20分くらい店の前で待つ羽目になったけど。店員の子がようやくやってきて、待たせて ごめんと言い、俺たちはファミレスの店内へ入った。
店員の子は名前を川嶋さんと言った。彼女は専門学校生で、去年の春、美紀と同じ時期に
あの店でアルバイトをし始めたのだという。
- 637 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/30(日)
15:04:08 ID:ZqihJCh5
- まず俺は川嶋さんがどこまで俺のことを知っているのか聞いてみた。
川嶋さんは先週の日曜の件以外は、大体を把握しているようだった。
美紀がお金に困っていたこと。ポイントカード作成時に俺のアドレスを調べたこと。
俺と有料でメル友になったこと。1日のメールの往復回数がとんでもなく多かった ことや、同じタイミングで映画を見た話。
ただ、先週の金曜日に俺が酔っ払った彼女を家に連れ帰り、彼女がその後この
メールのやりとりを止めると言い出した話は知らないようだった。それどころか まるで信じられないといった表情で
「あんなに楽しそうにメールしてたのに、なんでそんなこと言い出したんだろう」
と彼女は言った。この一言で俺はかなり救われた気分になった。お金のために
嫌々メールしてたのではなかったんだ。やっとそう確信することができた。
「彼女は楽しそうにメールをしてたの?」
さらに確認するように俺は聞いた。川嶋さんが言うには、初めの方こそメールの
やり取りが大変そうだったけれども、美紀にとって、俺とのメールはすぐに生活の 一部になっていったそうだ。
俺が何かを相談したり悩んでいる時は、美紀はそれを本当に心配していたし、
逆に俺の方が相談にのった時は、そのことに本当に感謝していたと。
- 647 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/30(日)
15:17:10 ID:ZqihJCh5
- 「あの子と一緒にお昼とること多かったんだけど、あなたの話たくさん出てきたよ。」
それに俺はお昼休みも彼女にメールを出し続けていた。お昼を食べながら楽しそうに メールを打つ美紀の姿を川嶋さんはずっと見てきていたのだ。
仕事の最中も暇を見つけては俺にメールを打つ彼女を見て、アルバイト先では すっかり美紀は彼氏持ちとして扱われてたらしい。
ここまでの話を聞いて、俺は初対面の女の子の前で、恥ずかしながら泣いて
しまった。店には他の客もいたっていうのにね。だって嬉しかったんだ。メールを
楽しみにしていたのは俺だけじゃなかったんだ。彼女にとっても俺とのメールは
生活の一部になっていて、俺の中にずっと彼女が居たように、彼女の心の中にも ずっと俺の存在があったんだって分かってさ。
ポロポロとひとしきり涙を流した後、俺はまた川嶋さんに質問をした。
「それで何故美紀はそんなにお金に困っていたの?」
川嶋さんはしばらく考え込んでいた。勝手に俺にそんな話をしていいのかどうか
考えていたのだと思う。しばらく考えた後、川嶋さんは事情を話し始めてくれた。
「美紀が両親とうまく行ってなかったのは知ってる?」
その話ならしっていた。3人兄弟の一番上で、下の弟と妹は出来がいいと言っていた。
自分だけが出来が悪いと美紀はコンプレックスを持っているようだった。
- 651 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/30(日)
15:30:52 ID:ZqihJCh5
- 家庭の事情は人それぞれ。放任主義の家で育った俺には全くわからない
話なのだが、美紀の両親は美紀が高校を卒業したあと、大学に進学するか
地元で就職することを望んでいたらしい。
美紀は両親の言いなりになるのが嫌だったのか、自分の力で何かにチャレンジ
したかったのかは分からないが、両親に反抗して東京で一人暮らしを始めた。
ただ、一人暮らしのフリーター生活ではお金に困るだろうと、両親はわずかながら 1年限り仕送りをしてくれることを約束してくれた。
ただそれとは引き換えに、1年経って生活の目途が立たないのであれば地元に
帰れと言われていたそうだ。目的もなしに上京したって、1年やそこらでフリーター
生活に劇的な変化が訪れるはずもなく、1年後の今年の4月、両親からの仕送りは
ストップした。しばらくの間は母親が内緒で仕送りをしてくれていたようだが、 それもすぐに父親にバレてしまい、美紀は生活に困ることとなった。
結果その足りない生活費を補っていたのが俺からのメール料金だったわけだ。
そして川嶋さんの口からは、俺にとっては最悪の話が飛び出した。
「ミカは今週実家に帰ったの。だから先週でアルバイトも止めたし、先週の金曜日は
ミカの送別会だったんだ。」
-
- 659 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/30(日)
15:45:39 ID:ZqihJCh5
- 先週の彼女の泥酔の理由がこれでようやくわかった。そして彼女は俺とは
メールの外では、関係を築けないことを知っていた。あの日の暗い表情の
理由がだんだんとわかるような気がしてきた。
でもだからと言って、なんで俺とのメールを止めなきゃいけないんだ?
元々実際に会うことなしに築いてきた関係なんだ。今更住んでる場所が 離れたって関係ないじゃないか。
これが俺の正直な気持ちだった。何故俺との関係をこんな風に絶たなければ
ならないのか、その理由をきちんと知りたい。川嶋さんにそう告げると、彼女は
美紀に連絡して、今日俺が店に来たことをミカ(美紀)に伝えると約束してくれた。
「ずっと横から見守ってきた立場としても、こんな終わり方じゃ気持ちが悪いしね」
その時川嶋さんは、俺にとっての救いの神だった。
こうしてこの週の週末は終わり、またいつものように平日が始まり出し、会社と
家を往復する単調な日々が始まった。単調とは言っても仕事はその週とんでもなく
忙しく、美紀のことを考える暇さえなかなか与えない環境は、返って俺にとって ありがたかった。
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