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- 61 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/29(土)
08:00:25 ID:DV3GgTKn
- こうして月2万の有料擬似恋愛の契約が結ばれ、話は料金の支払方法へと移った。
支払は毎月先払いで支払い方法は振込みとのこと。
メールで振込先が送られてきて、俺は翌日中に振り込むことを約束した。
翌朝、通勤途中にATMに立ち寄り、連絡のあった口座にお金を振り込んだ。 連絡があったのは、銀行と支店とと口座番号の4つ。
口座の種別と名義人名は書いていなかった。
口座はとりあえず普通口座を選択して、口座番号を入力した。
振込先の確認画面で出てきた口座の名義人名は「ワカバヤシ ミカ」。
美紀とミカ。これが本人の口座だとしたらいかにも安易につけた偽名だ。
ひょっとして振り込む時に名義人名が出てしまうことを彼女は知らないのだろうか?
最初のメールを貰った時から、どうも素人くささが漂う。なんらかの組織に所属してやるなら
自分の銀行口座に直接振り込むなんてことはないだろう。
だいたい、広告メールを自分の携帯の本アカで送るなんて危なっかしすぎる。
今、俺とやりとりしてるアドレスは最初の広告メールを送ってきたアドレスそのままなのだ。
- 62 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/29(土)
08:15:28 ID:DV3GgTKn
- 彼女とのメールは初めの内はルールがわからず戸惑うことが多かった。
設定としては恋人同士がするメールなのだが、彼女の仕事などの現在の
状態について聞くのはNGらしい。
その代わり、「今何してるの?」といったような当たり障りのない内容なら
無難な返事が返ってくる。あとは彼女の現在の話はダメでも、過去の思い出 話なら平気だということも分かってきた。
俺の方はと言えば、特に隠し立てするようなこともないので、実名や会社名こそ
出さないものの、話したいことをどんどんとメールに書き連ねていった。 過去の恋愛、仕事の愚痴、最近見た映画、テレビの話。
メールの往復は一日数十回。もし俺以外にも客がいるとしたら、彼女は一日
何通のメールをやりとりしているのだろう。キーボードならともかく携帯でそんなに 大量のメールをさばけるのだろうか。
しかし声の感じからすると、彼女は二十歳かそれ未満に感じられた。この世代は
中学校から携帯を持っててもおかしくない世代。親指タイプ暦6年。しかも中学生
というもの覚えのいい時期から始めているんだ。そのくらい出来てしまうのかもしれない。
おそるべし、親指タイプライター。
- 64 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/29(土)
08:30:50 ID:DV3GgTKn
- 彼女のメールは実にマメだった。
朝のオハヨウメールから始まり、通勤電車、仕事の休憩時間、家に帰ってから寝るまでの間。
返信は光の速さで返ってくる。待たされることはめったにない。1回のメールのボリュームも
少なすぎず多すぎず、話の内容も楽しかった。なんというか、彼女は聞き上手なのだろう。
メールで『聞き』上手というのもおかしいかな。正しくは『読み』上手?
会社でも喫煙所で頻繁にメールをしている俺の姿が目立ったらしく、「彼女できたんですか?」
とからかわれることが、たびたびあった。さすがにそこで「彼女ができた」というのははばかられ、
「いや、友達ですよ」と返事をしていた。だが暇さえあればメールをしている俺の姿から、社内
では気がづけばすっかり彼女持ちとして認識されるようになっていた。一度も肯定してないん だけどな・・・・。
現在の彼女の素性を聞いてはいけないというNGはあったものの、それでもお互いのことは
しだいに理解が深まっていった。どちらかというと慎重派で穏やかであることを望み、我慢
強い俺に対し、明るく自由奔放で、我慢をすることが嫌いな彼女。人間、自分と似てない
相手の方が魅力的に感じるのだろうか。自分と違って社交的な印象を受ける彼女に俺は
どんどん好感を持っていった。
- 66 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/29(土)
08:44:08 ID:DV3GgTKn
- どこかで読んだ話によると、人間はその時、最も接触回数の多い異性に恋愛
感情を抱きやすいらしい。メールでのやり取りが『接触』と呼べるのかは定かでは
ないが、俺が彼女に恋愛感情を抱くのは時間の問題だった。
顔も知らない、声だってほとんど聞いたことない相手なのにね。
おかしいでしょ?
最初のひと月が経つ頃には、俺はメールだけのやり取りでは満足できなくなって
いて、顔も知らない彼女への想いで胸を苦しませていた。
ある夜、恒例のオヤスミメールの時、俺は思い切って「オヤスミ、美紀。好きだよ。」
と送ってみた。返信は即座に帰ってきて「あたしも隆が好きだよ。おやすみ〜」と書いて あった。
自分でやっておいてこんなことを言うのもなんだが、虚しくなって後悔した。
恋人同士という設定での有料メールなのだ。「好きだ」と言えば「好きだ」と、 「愛してる」と送れば「愛してる」と返事が来るに決まってるのだ。
「そうじゃない、顔も見たこと無いのに君のことが本当に好きになったんだ」
そんなメールは送れるはずもなく、俺の胸の苦しさはどんどん締め付けがきつく
なっていった。
- 71 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/29(土)
09:28:48 ID:DV3GgTKn
- 最初の1ヶ月が経ち、2月目をどうするかという話になった。
毎月10日は契約更新の日。支払はお早めに。
当然のことながら、この有料メールの生活にはまってしまっていた俺は 契約の延長を申し込んだ。そして彼女にちょっと無理なお願いをした。
有料メルカノは今後も続けたい。 でも美紀の顔写真が欲しい。
ピンボケしててもいいし、遠くから写して漠然としか顔が分からなくてもいいからと。
当然彼女は断ってきたが、相手のイメージすら全く分からないのでは、擬似恋愛に
感情移入がしきれないと説明し、俺は交渉を粘った。今にして思えば、偽者の恋愛に 感情移入をすることは愚かな行為でしかないわけだが。
しばらく考えさせてと彼女は言い、1時間後、写メが添付されたメールが送られてきた。
写真はピンボケもしてなくて、顔がはっきりと写っていた。 もっと派手な感じを想像していたが、大人し目の髪の色と、可愛いというより美人系の
整った顔立ち。
- 72 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/29(土)
09:43:28 ID:DV3GgTKn
- 「本当に本人なのかな」と疑いながら送られてきた写メを眺めていると、
そんな俺の心を見透かしたかの様に、2つ目の写メが送られてきた。
今度の写メではさっきの写真と同じ女の子がメモを持っている。 『8/10 美紀(ハートのマーク)』
これで本人確定。俺はすぐにお礼のメールを送った。そして自分で要求して
おきながら「こんなちゃんと顔が写ってる写真送って大丈夫なの?」と彼女を 心配するメールを送った。矛盾する言動。馬鹿丸出し。
彼女が言うには、写真を送ってそれがネットとかに出回らないかが心配だった
のだと言う。でもこのひと月メールをしてみて、俺はそういうことはしない人間だと
判断してくれたのだという。顔を見せること自体は別に嫌ではないらしい。
信用してもらえたのは嬉しかったけど、それでもやっぱり無用心すぎると思った。
ひと月やそこらで、しかもメールだけのやりとりなんかで相手を信用しちゃダメだ。
自分の彼氏だって結構危険。でないと、ネットに出回る数々のハメ撮り写真の 説明がつかない。付き合った相手だって、別れ際がこじれたら、何をしでかすか
わからないっていうのに。
その夜は彼女にオヤスミメールを送った後も、なかなか寝付けず、彼女の写メを
ベッドの中で眺めて、メールの相手が思いのほか美人であったことに、なんだか
得した気分を味わっていた。
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- 74 : ◆qOJOlxW/1U :2005/10/29(土)
09:59:53 ID:DV3GgTKn
- その頃俺は、よく「恋愛感情とはなんなのか」についてよく考えていた。
何をもって、その対象を「好きだ」と人は感じるのだろうか?
顔だろうか。内面だろうか。生物学的には性交できる確率が高いと そうなるんだろうか。
だとすれば、俺が彼女とセックスできる確率は果てしなくゼロに近いわけだが、
それでもその時点での俺の交遊範囲のなかで、もっとも交流の頻度が高い美紀を、
俺の脳は最もセックスできる確率の高い相手としてはじき出し、彼女に対する 恋慕の情を生み出しているのかもしれない。
そんな風に、どんなに考えて彼女への恋愛感情を正当化しようとしても、一歩下がって
客観視すれば、俺は金で買ったメールを喜んでいる寂しい男なのだ。そんなことはずっと
わかっていて、だから彼女が俺のことを「信用」して、顔写真を送ってくれたことが よほど俺には嬉しかったのだろう。
このメールのやり取りは、初め思っていたほどビジネスライクなドライなものではない。
やり取りを重ねていくうちに向こうも段々と情を通わせてきている。まあ情と言っても
恋愛感情とは程遠いかもしれないけど。キャバクラに通う人の気持ちが少しわかった 気がした。
そして自分の嬉しさの表現と、写真の俺をかねて、俺は翌日3万円を振り込んだ。
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