福 音

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35 : ◆bA0TzdCLfk :2006/01/14(土) 21:38:16 ID:gb3JFuFt
たぶんその時の僕は、日本一すさんだ学級委員だったのではないだろうか。
しかも書記という役職つき。月に一度の委員会では議事録をつけさせられ、
担当教師の判子を貰ったり机を直したりと雑用が多く、書記に立候補などという
余計なことをした三嶋には、委員会のたびに心底腹がたった。

先輩と別れた後の委員会で、解散後、ふたり机を直している時に三嶋が話しかけてきた。

「加納先輩と別れちゃったの?」
「別れたよ。」
「そう・・・・・・先輩、工藤先輩と今付き合ってるって本当?」
「本当なんじゃない?好きな人ができたって言ってたからな。」
「そうなんだ・・・・・・・ひどいね。」

この時、僕の中で何かがプチンと弾けた。

能天気にいつもニコニコと毎日過ごしてる三嶋に、同情されていることが許せなかった。
あっという間に頭に血が上り、三嶋を傷つけてやりたいという衝動に駆られた。

「何それ?同情してくれてんの?」
「え?・・・・・・・・同情っていうか、心配っていうか。」
「なんで?何も関係ないお前が俺に同情?何?俺に気でもあんの?」
「そんな。」
「じゃあさ、可愛そうだと思うなら俺と付き合ってよ。」

36 : ◆bA0TzdCLfk :2006/01/14(土) 21:57:41 ID:gb3JFuFt
そのまま三嶋を罵り続けるために放った一言だった。
だがしばらく硬直したままだった三嶋は、しばらく呆然とした後、
黙ってうなずいた。

そんな最低な告白が僕と三嶋、僕と綾との馴れ初めだった。


綾との交際はカルチャーギャップの連続だった。
世に背を向けて人間の醜さと、その人間に作り出された社会を憎む僕と、
毎日、生きることに感謝し、些細なことに喜びを見つけ、分け隔てなく誰に
対しても笑顔と親切を忘れない博愛主義の綾。

何もかもが違いすぎ、初めの内はまともに会話も出来なかった。
ただ綾がいつも日々見つけたり出会ったりした楽しかった出来事を、
僕は黙って無愛想に聞いているだけだった。

雨の日にはお気に入りの傘がさせると喜び、風の日には僕の腕にしがみつく
口実ができたと喜ぶ、綾はそんな子だった。

風邪で高熱を出した時ですら、友達が見舞いに来てくれただとか、
母親が食べたいものを買ってきてくれるだとか、どこからでも喜びを見出す。

綾と付き合い出して、頑なだった僕の心は、春の訪れとともに少しずつ氷解
していった。

42 : ◆bA0TzdCLfk :2006/01/16(月) 21:30:44 ID:MWZ7ngsY
最初に綾から教わったものは「ありがとう」だった。

友達に何かしてもらった時、「サンキュー」、「ありがと」と言ったりは
僕だってしていた。だが綾の「ありがとう」には制限がなかった。

たとえばファーストフードで番号札を持たされて席で待っている時、
注文の品を持って運んできた店員に対しても「ありがとうございます」
と言う。

夜、彼女の自宅に電話をかけた時も「かけてくれてありがとう」。

デートをした後もさよならの前に「ありがとう」。

数えだしたらきりがない。
彼女の周りは「ありがとう」でいっぱいだった。

彼女の「ありがとう」は僕にまで感染することになった。彼女は何故か
「ごめんなさい」と言われる事を嫌った。例えば待ち合わせに遅刻した時、
僕が「遅れてごめん」というと、「そこは待っててくれてありがとうって
言ってほしいな」と彼女は言った。

自然と僕の使う言葉の中で、「ありがとう」の占める割合は高くなり、
周囲の、特に両親などは僕の「ありがとう」に戸惑ったりした。

43 : ◆bA0TzdCLfk :2006/01/16(月) 21:41:40 ID:MWZ7ngsY
次に彼女はプレゼント魔だった。
別に高価な物をあげるわけではなく、ちょっとした手作りのものだったり、
雑貨屋で見かけたちょっとした品物、そして物に限らず人に何かをして
あげることが好きだった。

付き合ってすぐの頃、僕もキーホルダーや押し花のしおり。ウチの母親に
ビーズで作ったネックレスなど色んなものをプレゼントされた。

「君はなんでそんなに人に何かをするのが好きなの?」

当時の僕にとってはそんなことは無駄なこととしか思えなかった。
人は他人にしてもらったことなんてすぐに忘れる。ずっとそう信じて生きてきた。
彼女は笑って答えた。「喜んでもらえる顔をみるのが好きだから」と。

ある日、家に帰ると雨が降り出しているのに洗濯物が干してあった。
今までなら知ったことではなかったが、気まぐれにそれを取り込んでみた。
買い物から急いで帰ってきた母親が驚いた顔で

「あんたがやってくれたの?」

と言う。
どうにも照れくさくて仕方なかった僕は「明日その服着たかったから、濡れたら
困るから取り込んだだけだよ」と言い、急いで自分の部屋に逃げ帰った。

その日の夕食では、中々開けさせてくれなかった僕の好物だった鮭フレークの
瓶詰めが開封された。母からの遠まわしな「ありがとう」だったのだろう。

45 : ◆bA0TzdCLfk :2006/01/17(火) 17:22:40 ID:hsFxNaMc
もちろん、彼女とすぐに打ち解けられたわけではない。
お世辞にも仲がいいとは言えない僕の、乱暴に放った「付き合う?」の
言葉にうなずいたりして、はっきり言ってわけのわからない女だった。

その日、委員会の後片付けを終え、何故か付き合うことになった僕らは、
お互いに戸惑いを隠せないまま、一緒に下校をした。

自転車通学の僕に対して電車通学の彼女。
学校からの最寄り駅は僕の通学路の通り道で、駅の入り口で彼女と別れた。

別れ際、彼女は言う。

「よかったら明日から一緒に帰れないかな?」
「一緒にって、お前部活あるだろ?」
「うん・・・・・・だからもし待っててくれたらすごい嬉しい。」
「・・・・・・・・・・・・・考えておく。」

そう言って彼女とわかれ、おかしな彼女ができたもんだと家路に着いた。
彼女はオーケストラ部に所属していてビオラをやっていた。少し大きめの
バイオリンと言えばわかりやすいだろうか?

帰宅時間が合わず、彼女は待ってて欲しいと言ったわけだが、初めは
そんな気にもなれず、「時間を持て余すから」と言って男友達と、とっとと
家に帰っていた。

46 : ◆bA0TzdCLfk :2006/01/17(火) 17:39:47 ID:hsFxNaMc
初めの内、彼女と過ごすのは平日の昼休みだけだった。
僕はほとんどの場合、昼飯はコンビニで買ったおにぎりや、
購買で買ってきたパンだった。

親の手作り弁当をいつも持ってきていた彼女には、それが
少しショックだったようで、「それじゃあ栄養が足りないよ」と
弁当のふたに自分のおかずを載せて無理やり僕に食べさせた。

その内、綾は自分の弁当とは別に、オカズの入ったタッパーを
持参するようになり、僕は自分が買ってきたパンやおにぎりの
おかずにそれをありがたく頂いた。

綾のいるオーケストラ部は朝錬もあった。
僕のためのおかずは、ほとんど自分も作っていたようで、
彼女の朝はきっととんでもなく忙しかったに違いない。

そんな風にして、昼休みを一緒に過ごす内に、だんだんと僕は
綾とすごす時間がもっと欲しいと思うようになった。

付き合い始めて1ヶ月程度たったころだったろうか。
気まぐれに彼女の部活が終るまで学校で待ってみた。
6時近くになってようやく部活の練習が終わり、彼女はとても
喜んだ。綾はポジティブな感情の表現が非常にストレートで
周りに人がいなければ抱きついてきそうな勢いだった。

その頃はまだ、僕にしては珍しく、キスも手もつないだことのない
プラトニックな恋愛だった。彼女は特別な存在だと感じる、何か
直感が働いていたのかもしれない。

48 : ◆bA0TzdCLfk :2006/01/17(火) 19:53:37 ID:hsFxNaMc
それから僕は、毎日放課後は図書室で彼女を待ち、部活の終った
彼女と一緒に下校するようになった。図書室では小説を読んだり宿題を
やったり、過ごし方は日によって様々だった。

それでも1年の頃は、太宰や三島由紀夫、後期の夏目漱石など、厭世的な
小説を読むことが多かった。それが彼女の影響で、最終的にはエッセイや
軽い内容の現代小説、推理小説などにその内変わっていくのだが、それは
まだ少し先の話で。


「彼女と出会っていなかったら」。

その事を考えると今でも体が震えそうになる。心の扉を閉ざしたまま、誰にも
本当の自分を見せぬまま、何事にも感謝せず、傍若無人で傲慢に生きていただろう。
人と関わることを極端に嫌う自分。もう今はあの頃のようには戻れないし戻りたくもない。
まるで『北風と太陽』の童話のように、彼女が僕を照らしてくれた。

僕は生まれて16年にして、やっと心のコートを脱ぐことができた。


その頃から僕は、進んで家の手伝いをするようになっていた。食器を洗ったり、車の洗車を
手伝ったりとその程度のことだけど。父と母は最初戸惑っていた。食事以外は部屋に
閉じこもりきりだった息子が、そんな事をすれば驚くのも無理は無い。

僕の変化を両親がはっきりと認識する頃、僕も自身の変化を自覚し始めていた。
そして生まれて初めて心の底から三嶋綾子が好きだと知った。
高校二年になる頃には、彼女なしでは生きられないと思うようになっていた。

50 : ◆bA0TzdCLfk :2006/01/19(木) 13:23:06 ID:qgSCDaJ+
今まで自分のしてきた女性との付き合いは、恋愛の内に入らないのだと、
三嶋綾子への気持ちに気づいてからはよくわかった。

一緒にいられるだけで幸せで、手を繋ぐだけで心臓がドキドキした。

それまではあんなに簡単に体の関係を持っていたのに、綾とはキスするだけで
半年もかかった。

駅の近くの公園のベンチでふたりで話し込み、そろそろ帰る時間が近づいた頃だった。

「そろそろ電車乗らなきゃ。行こっ。」
「もう少しだけ・・・・・・。」

そういって僕は手をとり強く握った。
立ったまま、見つめあい、辺りに人の気配がないのを確認しながらそっとキスした。
冬の出来事で、ぶつかった綾の鼻がとても冷たかったのを今でも覚えてる。

そのまま恥ずかしくて抱きしめた。

自転車のカゴに無理やり載せていた綾のビオラが、風でゴトリと音をたてて、
僕らは慌てて我に返った。

照れくさくて駅の改札まで何も話さなかった。
なつかしい思い出。



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