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- 585 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/16(水)
21:58:05 ID:OoBqNhey
- 不思議なもので、僕はよく夢を見る。
正確には他の人よりも夢の内容をよく覚えている。 多分、多少神経質でいつも眠りが浅いからだろう。
もっとも、夢・・と言っても綾の夢ではない。 会ったこともない人の夢を見るには、少し現実的に頭が出来すぎている。
当時、僕はある人に対して激しい憎悪を抱いていた。 静かに、そして深い憎悪。
それは、綾とは違い、会ったことはおろか抱き合ったこともある人。 思い出したくなくても油断しているとすぐに思い出してしまう人。
僕に生きる道をくれた人。 そして、僕の心を殺した人。
綾とは違い、彼女は僕よりも一つ年上。
一番分かりやすい共通点を挙げるなら、その人の名前も綾(アヤ)だったということ。
- 587 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/16(水)
22:18:58 ID:OoBqNhey
- ある日見た夢の中で、アヤは何故かパン屋さんで働いていた。
帽子をかぶって、エプロンを着て。
僕が遠くから眺めていると、すぐにアヤはそれに気づく。
そして、恥ずかしそうにニタニタしながら、暇な時を見計らって、僕に手を振る。
ニコニコでもニヤニヤでもなく、アヤはいつもニタニタ・・と笑っていた。
悪戯を見つけられた子供のように、恥ずかしそうにそして嬉しそうに。
子供の頃、僕はパン屋さんになりたかった。
(理由は単純で、子供の頃に見た「魔女の宅急便」という映画に出てきたパン屋さんの家庭がとても暖かに見えたから)。
子供の頃、アヤは花屋さんになりたかったらしい。
パン屋さんと花屋さんだなんて楽しそうだね。
僕とアヤが付き合って少しした頃、つまり僕が一人では無くなった頃、
僕達はそんな話をした事がある。
アヤは言った。
でも、そうなるには少し、二人とも勉強をし過ぎてしまったよね・・と。
その通り。
気づいた時にはもう僕達は後戻りすることは出来なくなっていた。
- 634 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/17(木)
22:00:42 ID:ji7JzYI/
- 別れる間際にアヤは言った。
「お金なんていらなかった。子供の頃はずっと貧乏だったから、お金が
無いことなんて苦しくとも何ともなかった。
私が欲しかったのは、お互いちゃんと本心を話せて、私のことを受け
入れてくれる人だった。
私が好きになったのは、あなたが弁護士だったからじゃない。
私のことを理解して受け入れてくれたから。
仕事や勉強よりも、もっと私を大事にして欲しかった。」
成功と嫉妬に目が眩み、アヤを一人にして数ヶ月。
久しぶりに聞くアヤの「本当の声」は、とても悲しくて寂しくて、そして
断固とした決意に満ちていた。
- 639 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/17(木)
22:09:01 ID:ji7JzYI/
- 「もうこれ以上あなたといることは出来ない。」
そう言ったあと、アヤは続けた。
「今度他の人を好きになるとしたら、その相手に対してはちゃんと
自分の綺麗なところも汚いところも、本心をちゃんと話すように
しよう。
そうしないと私達は幸せになれないし、やっぱり私はあなたに幸せ
になって欲しいから。」
僕はアヤと最後の約束をし、そしてその約束だけは絶対に守ろうと
心に決めた。
それが僕の人生を変えてくれた人に対して出来る、最後の恩返しだったから。
- 643 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/17(木)
22:23:33 ID:ji7JzYI/
- 僕の心はとても弱く、アヤとの約束をすぐに破ることになってしまった
のは上に書いた通り。
僕が綾に話したことは、その多くがかつてアヤが話していたこと。
それを聞いて、そんな風になりたいと僕が思ったこと。
僕が綾にしたことはとても罪深いことだった。
綾の中にアヤの思想を植え付け、アヤを失った僕の孤独を埋めて
いたのだから。
僕は、僕を見捨てたアヤを深く憎悪していたけれど、それでもアヤ
のことを愛していたから。
他人の心を理解できない精神科医に育てられ傷ついた少女が、
大事な人を幸福にできない弁護士に裏切られさらに傷つけられるなんて、
そんなに悲しくて寂しいことはない。
僕はその罪悪感に耐えることはもう出来なかった。
でも、その頃の僕には綾に対して別の想いがあった。
不幸で傷ついた少女を救って幸せにしてあげたいけれども、これ以上
不幸にすることは出来なかった。
そして、綾を深い闇から救ってあげたいと思っていたこともあったけど、それ
以上に綾から幻滅され、嫌われてしまうことが怖かった。
いずれ成長して真実を見る目を持つようになった綾が、僕の「嘘」を
見抜くことが怖かった。
だから僕は、綾との関係を終わりにすることにした。
- 644 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/17(木)
22:29:58 ID:ji7JzYI/
- 綾と知り合ってから50日ほど。
僕は綾との連絡を一切断った。
- 647 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/17(木)
22:39:16 ID:ji7JzYI/
- それでも10日間ほど、ずっと綾からメールが着ていた。
でも僕はそのメールを見ることが出来なかった。
これ以上罪を重ねて綾を傷つけることはできなかったし、
そう誓った僕の心は綾からのメールで簡単に揺らぐこと
を僕は自覚していたから。
アヤと別れる時。
当分人を好きになることは無いと思っていたのに、それでも
綾のことを好きになってしまっていたから。
- 648 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/17(木)
22:47:03 ID:ji7JzYI/
- 綾と連絡を絶っている間、僕はひたすら夜中まで勉強と仕事ばかりを
して、家に帰った後は眠るためにお酒を飲むという日々を繰り返した。
そうしていないと、気が狂ってしまいそうで、とても正気を保つこと
が出来ないと思ったから。
いずれ綾からメールが来ることも無くなり少しした後、僕はアヤと会う
ことがあった。
付き合う前(=産まれた時)からの関係上、どうしても避けられないこ
とだとは覚悟していたけれども、やっぱり心は乱れた。
そしてそのとき、アヤは僕に一通の手紙を渡した。
他の親戚には見つからないようにこっそりと。
- 651 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/17(木)
23:06:42 ID:ji7JzYI/
- アヤからの手紙には端的に書かれていた。
結婚しようと思う人がいること。
今でも僕のことは心配で、幸せになって欲しいと思っていること。
アヤのことをあんなにも憎悪(まさに逆恨みです)していたのに、
僕は不思議とその手紙を読んでも怒ったり寂しくなったりはしなかった。
むしろ、アヤはもう自分の人生を他の人と歩き出したことを
知り、何かから解放された気がした。
- 652 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/17(木)
23:16:59 ID:ji7JzYI/
- アヤからの手紙の最後には、こんなことが書かれていた。
「私はあなたが、私に見せていない一面を沢山持っていることを
知っています。
私はいつか、そんな一面を私にだけは見せてくれるのではないか
と思い、期待していました。
私が嫌だったのは、あなたがそんな一面を持っていたことではあり
ません。そんな一面を私に見せてくれなかったことが、私には我慢
できませんでした。
ちゃんと話してさえくれれば、受け入れられると思ったし受け入れ
たかった。
あなたのことを好きになる人は、みんなそういう風に思うことでしょう。
別れる時にも話したけれども、あなたが次に付き合い、好きになる人には
にはちゃんと自分のことを話してほしいと思います。
今でもやっぱり、あなたには幸せになってほしいから」
アヤからの手紙を読みながら僕は泣いていた。
そして、綾に会いたいと思った。
受け入れて欲しいとは言えないけれども、せめて僕が好きに
なった人にはちゃんと自分のことを話したいと思ったから。
メールや電話ではなくて、直接会って話したいと思ったから。
- 654 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/17(木)
23:34:31 ID:ji7JzYI/
- 僕は綾に今までメールを返さなかったことを謝り、会いに行きたいことを伝えた。
急にメールを返さなくなったことも、僕がどんな人間かも、ちゃんと直接話したい
ことを伝えた。
綾はそれを受け入れ、そして次の日曜日に僕は綾に会いに行った。
新幹線の中で、僕は読まなかった(読めなかった)綾からのメールを
全て読んだ。
最後のメールの中で、綾はこう書いていた。
「あなたが私に自分の本心を話してくれていないことは、何となく分かって
いました。だって、自分のことをちっとも話さなくなってしまったから。
いつか話してくれれば良いなと思っていたけれども、私がまだ幼いから
あなたは話せないのでしょう。きっと。
それは私にとって、とても寂しかった。
でも、それでも私の人生を変えてくれたのはあなたでした。
私はあなたと知り合って、話を聞いてもらって話をしてもらって、自分の
人生がそこまで悪いものではないと思えるようになりました。
本当にありがとうございました。」
僕はそのメールを読んで、また泣いた。
泣いてばかりで恥ずかしかったけれども。
そしてその日の夕方、僕は初めて。そして最後に、綾と会った。
- 656 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/17(木)
23:45:32 ID:ji7JzYI/
- 綾と会ったその日。
僕達は公園でずっと話をした。
僕は本当は誠実でもなければ心が綺麗な人間でもないこと。
アヤとどんな経緯で付き合って、そして別れたのかということ。
綾と話していて罪悪感を感じていたこと。
でも綾のことを好きだったこと。
まず僕が全てを話し終わった後、綾は話し始めた。
「ちゃんと本心を話してくれて嬉しい。
私もあなたのことが好きだし、好きだと言って
もらえてとても嬉しい。」
その後、綾はこう続けた。
- 657 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/17(木)
23:55:37 ID:ji7JzYI/
- 「私は医者になる。
あなたと話していて、こう思った。
自分の不幸な家庭から逃げ回っていても幸せにはなれない。
私が幸せになるためには、父親に認められて、そして母親が
自分の育て方が間違っていなかったとそう思ってくれないと、
私は幸せになれない。
そして今の私は、あなたの敷いてくれたレールに乗っている
だけ。
私はあなたと一緒にいれば心が落ち着くだろうと思うけれども、
自分の人生を歩きたい。
自分の頭で考えて、行動して、自立して。
あなたと付き合うなら、しばらく一人で生きて、そして自分一人
でも生きていける自信を身につけてからがいい。
そうしないと、あなたは私のことを信頼できないだろうし、私は
それがとても寂しいと思うことだろう」
- 658 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/18(金)
00:00:53 ID:ji7JzYI/
- 僕は彼女の言葉を受け入れ、僕からはもう連絡はしないこと。
でも、いつかまた僕と話したくなった時はいつでも連絡して欲しい
ことを告げた。
綾は最後に言ってくれた。
僕と知り合わなければ、きっと自分は駄目になっていたということ。
僕のことを大好きだったこと。
僕と知り合えて本当に良かったと思っていること。
そして僕達は、きっと最初で最後になるであろうキスをした。
- 659 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/18(金)
00:04:44 ID:G1JjBmGz
- きっと僕は、アヤと再び付き合い結婚することもなければ、
綾と付き合い結婚することも無いと思う。
でも、僕は十分幸せだった。
子供の頃は、自分が他人から受け入れられるなんて思っていなかったから。
僕はアヤによって人生を変えてもらい、
そして綾の人生を変えた。
アヤは僕に幸せになってほしいと願ってくれたし、綾は僕の心を受け入れ
てくれた。
昔思い描いていた未来より、ずっと幸せだった。
- 660 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/18(金)
00:09:56 ID:G1JjBmGz
- その日、僕の心は解放された。
もう闇に引き込まれることもなければ、自分以外の者全てを疑うこと
もない。
だって、アヤと綾のおかげで僕の心は満たされてしまったから。
不幸な出生のためか他の理由かは分からないけれども、他人にちゃんと
心を開くことが出来ない人は沢山いると思う。
そしてそんな人は、騙し騙し相手と付き合い、結婚しても、心のどこかで
寂しさを感じてしまい、幸せになれないのだと思う。
でも、そんな自分を受け入れてくれる人はいつかは現れる。
そして自分を受け入れてもらえれば、幸せになれると思う。
だから、そんな人にはちゃんと自分の本心を話して欲しいなと。
やっぱり幸せになって欲しいと思うから。
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