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- 563 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/16(水)
00:35:46 ID:dYx8mqzR
- 親というものは自分に出来ないことを子供に課すもの。
自分が望む人生を送ることが出来なかったならば尚更。
綾が一人娘だったこともあるだろう。
綾は物心が着くか着かないかの頃から、家庭教師をつけられて、 塾に通わされていた。
医者になって病院を継ぐためという名目だったようだけれども。
他の人が遊んでいるのに自分だけはいつも勉強ばかり。
学校が終わるとすぐに母親が迎えに来るから抜け出すことも出来ない。 当然、そんな生活をしているから友達と呼べるものは一人もいない。
小学校受験、中学受験と経る内に綾の心は少しづつ壊れていったそうだ。 中学受験が終わった時、 「私の心は完全に駄目になった」
と綾は言っていた。 こんなことがこれから何年も続くなら、いっそ死んだ方がいいと思ったらしい。 まだ12歳なのに。
- 564 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/16(水)
01:10:17 ID:dYx8mqzR
- 中学校に入ってからしばらく。
綾は死ぬことは無かったけれども、その代わりに心を閉ざし、努力する ことを完全にやめてしまった。
つらい思いをして努力しても容赦なく罵声は浴びせられるのだから、 それならいっそ何もしない方が楽だと思ったそうだ。
どれだけ頑張っても愛してもらえないのなら、最初から頑張らない 方がいい。
自分が愛されない理由が明確にあれば、まだ心が救われる余地がある。 そう思ったのだと。
綾が努力することを一切放棄した後は本当にひどかったらしい。 母親からは恩知らずと罵られ、父親からは失敗作の烙印を押され無関心を
通された。
でも、今までに比べればずっと気分は楽だったと綾は言っていた。
愛されたいと努力しても叶わないならば、初めから愛されることを放棄 する方がずっと楽だったと。
自分は駄目な子だから・・と言い聞かせることで、少しは自分の家庭や 環境を甘く見積もることが出来たのだと。
その話を聞いたのは知り合ってから二週間程。 初めて聞いた綾の声は上ずっていて、出来るだけ平静を保とうとはしてい
たけれども、もうそれが効を奏していないことは明らかだった。
「でも綾は、本当は両親から愛されたかったんでしょ。もっと大事にして欲しかったんだよね」 僕がそう言うと、綾は答えた。
「うん。愛して欲しかった。大事にして欲しかった。他の子のように甘やかしてほしかった。」 ・・と。 綾は泣いていた。
そして僕も泣いていた。
- 566 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/16(水)
01:27:51 ID:dYx8mqzR
- その頃の僕は、綾のために一体何が出来るのだろうとよく考えていた。
誰にも愛されないで育った綾が、ちゃんと自分に自信を持ち、他人を期待
できるようになって欲しいと思っていた。 と言っても、僕に出来ることがそんなに沢山あるわけじゃない。
僕に出来ることは、綾の話を聞いてあげること。今まであったこと、嫌だ ったことや悲しかったことも全て聞いてあげること。
そして、僕の「思想」を植えつけること。
それが、不幸な家庭に育ちながらも何とか一人で生きていく術を身につけ
た僕が、これからそれを身につけようとする綾に対して出来る数少ないこ とだった。
- 567 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/16(水)
01:36:53 ID:dYx8mqzR
- そのころの僕たちの関係は・・
恋愛感情というには年齢も距離も離れすぎていた(新幹線で3時間ほど)し、
ただの友達というにはお互いの心の中をさらけ出し過ぎていた。
不幸な家庭に育ちながらも何とか一人で生きていく術を身につけた僕と、
これから身につけようとする彼女。 先生と生徒・・というのが一番正確な表現だったかもしれない。
事実、再び勉強を始めた綾に校内試験の前の日には朝方まで勉強を教えていたし、 何より自分の考えを綾によく話し、そして植え付けていた。
自分がこれまで考えてきたこと、これからどうしたいと考えているかということ。
そして罪深いことに、自分がこういう考えを持ちたいと思っていることを、さも 自分が今現在考えていることのように話した。
- 568 :中川さん ◆d8vucMg8Ts :2005/11/16(水)
02:01:34 ID:dYx8mqzR
- 僕と知り合ってから一ヶ月ほどした後、客観的に見ても綾は大分元気を
取り戻していたと思う。
綾は毎日、一日どんなことを考えていたのかだとか、どんな本を読んで どう思ったのだとか、そういったことを僕に話し、僕はそれに対して自分
なりの感想を添え、可能な限り優しく大事に綾に接した。 無理をしていたわけでは無いけれども、綾が心を閉ざした四年間と、誰に
も大事にされることのなかった十六年間とを、一緒に取り戻そうと必死だ った。
ある日、綾からこんなメールが来た。
「私は家が嫌いだったし父親も嫌いだったから、今まで自分が結婚し て幸せになれるとは思えなかったし、誰とも付き合いたくないと
思っていました。でも最近は、あなた(彼女は僕のことをあなた と呼んでいた)みたいな人となら、私は一緒にいて幸せになれる
のじゃないか。そういう風に思えるようになりました。」・・と。
その頃には、鈍いなりにも綾が僕に対して好意を持っていることは
何となく分かっていた(例えば、僕が仕事で遅くなる時には必ず、 僕が帰るまでは起きていると言い張って譲らなかったりもした。)
けど、僕はそれに対してはいつも曖昧に誤魔化していた。
なぜなら、綾は知らなかったから。
話しているほどには僕は誠実でも無ければ心の綺麗な人間ではないことを。 一人の人を大事にするには、野心や名誉欲が強すぎることを。
そして何より、僕の話したことが、本当は僕が自分自身の頭で考えて結論 を出したものではないことを。
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